第96回:ロンドン塔の宝物「コ・イ・ヌール」

 

 ダブリンの最終日、8月10日は日曜日でしたので、クライストチャーチ大聖堂のミサに参加し、その後はまっすぐ空港へ行き、エア・リンガスというアイルランドの航空会社の便でロンドンに移動しました。

 翌11日は朝一で地下鉄に乗り、ロンドン塔に行きました。目当ては歴代国王たちの宝冠・宝飾品を展示している宝物館(Jewel House)です。前回、第95回のエッセイでアイルランドのジャガイモ大飢饉について書いた私が言うのもナンですが、何を隠そう、私は宝飾品に目がないのです。若い頃は何の興味もなかったのですが、20年くらい前からとにかく見ることが好きになりました。チャンスがあれば、美術館で行われる宝飾展覧会にも行くようにしています。最近では国立新美術館の「ブルガリ展」に行きました。

 ロンドン塔はご存じのように元々監獄です。さらにその前は11世紀、ウィリアム征服王によって作られた要塞でした。世界遺産にもなっていて、ロンドン塔の正式名称は「国王陛下の王宮にして城塞」というのだそうです。つまり王が暮らす王宮としての要塞宮殿でした。宝物館の他にも、チョーサー、トマス・モア、アン・ブーリンなど多くの著名人、王族が幽閉された塔・処刑場、甲冑・武具などロンドン塔の歴史が展示されているホワイト・タワー等があります。

 石畳の非常に歩きにくい道を進み、たどり着いた宝物館。中は真っ暗でガラスケースに照明で浮かび上がるように宝物が照らし出されていました。メインの歴代王冠の前はゆるやかな動く歩道、つまりベルトコンベアになっていて1箇所にとどまることはできません。でも背後は1段高くなって少し上から立って見続けられるようになっていました。それでも私は何回もベルトコンベアに乗り、見飽きることがなく繰り返し心ゆくまで見物しました。撮影禁止ですので、画像はお借りしました。一番見たいと思っていたのは「コ・イ・ヌール(Koh-i-Noor)」(105.60カラット)と名付けられたダイヤモンドです。ペルシャ語で「光の山」だそうです。このいわく付きのダイヤはインド、ムガール朝時代に発見されたもので、幾たびかの変遷を経て、パンジャーブ地方のシーク王国のマハラジャ、ドゥリープ・シングが最後の持ち主でした。まあ早い話、イギリスが彼から巻き上げたものです。そして、ヴィクトリア女王の物となりました。
 「コ・イ・ヌール」はかつて世界最大のダイヤモンドと言われ、19世紀までインド亜大陸が唯一のダイヤモンド産出国だったため、インド原産であることは間違いありません。その後、ブラジルでダイヤモンドが発掘され、ロシア、南アフリカでも産出されるようになりました。現在の一番大きなダイヤモンドはカリナンといって1905年に南アフリカで見つかったものです。これは巨大で重さ3106カラット(1カラット=0.2gなので621.2g)もありました。オランダのロイヤル・アッシャーがカットに挑み、見事大きなダイヤモンド9個と小粒97個のカットに成功し、カリナンⅠ(530.20ct)は英国王室の王笏の上部に、カリナンⅡ(317.40ct)は大英帝国王冠の正面中央にセットされています。
 「コ・イ・ヌール」はエリザベス女王の母、クイーン・マザーが1937年ジョージ6世の戴冠式で被った王冠中央に付いていました。残念ながらカリナンに比べると「コ・イ・ヌール」は目立たず、輝きが今ひとつでした。チャールズ国王が手にした王笏や、被った大英帝国王冠の方が大きいダイヤでしたから。

 わたしが一番美しいとため息が出たのはカミラ王妃が戴冠式で被った「クイーン・メアリーズ・クラウン」でした。1911年にジョージ5世の戴冠式の際にメアリー王妃のために作られたものだそうです。それを今回、カリナンⅢ(94.40ct)、カリナンⅣ(63.60ct)はそのままに、当初付いていた曰く付きの「コ・イ・ヌール」を外し、カリナンⅤ(11.50ct)にセットし直したそうです。また上部のアーチ8本が4本になっています。
 曰く付きというのは、インドやパキスタン(分離独立したからパンジャーブは両国にまたがっている)から返還を求められており、カミラ王妃はあえて「コ・イ・ヌール」をセットするのを避けたのでは、と言われています。画像はRoyal World Newsのfacebookよりお借りしました。メアリー王妃の王冠はカミラ王妃の王冠に作り変えられたため、画像しかなく、ロンドン塔の宝物庫に飾られていた「コ・イ・ヌール」はエリザベス皇太后が被ったものでした。
 宝石というのは猛烈なエネルギーを持っているので、私はいつもかなり浴びて体が熱くなり、じわりと汗をかいてしまうのです。それが今回はガラスケース越しに見ただけで自分の体力を使い果たし、外に出ると日陰のベンチに座り込んでしまう程でした。ですから他のタワーの展示は一切見ていません。

 ロンドン3日目の12日はヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)と並びの自然史博物館に行きました。V&Aにはおびただしい量の絵画、彫刻、陶磁器、家具、ファッション、写真等々があり、まさにこれでもかっ、という展示品のオンパレードでした。真っ先に宝石のコレクションの部屋を目指しました。ここの部屋は寒いくらいの冷房が効いていましたが、ない部屋も多かったです。画像は宝石のスパイラルというのでしょうか、中心がダイヤモンドで様々な色のサファイヤ始め色石が美しく渦巻きに並んでいました。こういう展示を見たのは初めてです。
 娘が一番見たかった陶磁器を展示している4階は冷房がないため、「本日は閉鎖」の立て札があり、目を疑いました。なんとまぁ、そんな理由で閉めてしまうなんて。娘は絶句して、「次の機会はあるかどうか分からないのだから口惜しい。」と言っていました。彼女の口癖は「お宝は見られる時に見よ。」です。

 とにかく広くて、歩くだけで消耗しました。ギャラリー数約145、通路の全長13kmの規模です。V&Aとは絵画や家具、彫刻、工芸品を展示している美術館と思っていましたが、巨大な博物館でした。他に印象に残ったのはラファエロ・ギャラリーでした。ヴァティカンのシスティーナ礼拝堂に飾られたラファエロ・サンティのタペストリーの下絵(カルトン)7点が展示されていました。1865年以来王室よりV&Aに貸与されているものだそうです。縦3m、横は作品により3~5mもあり、V&Aのホームページよりお借りした画像ほど鮮明ではありませんが、大きな専用の部屋でまとめて見ると圧倒されました。
 隣の自然史博物館にも鉱物の展示として宝石があり、個人で色石のコレクションをしたのが何人もいたようで(全部男性)、顔写真と共に並べられていました。

 今回は宝石のことばかり書きましたが、書き始めた19日、ルーブル美術館での盗難事件が起こり衝撃を受けました。最初に「ルーブルに宝飾品が展示してあったのか?そして盗むことができるのか?」と思いました。BSニュースを聞いていたら、ロンドン側の報道が「こちらでは宝石はロンドン塔に保管されており、兵士が厳重に警備している。元々監獄で最初は要塞だったから壁も分厚い。ルーブルとは違う。」と言っていました。これには大きく頷いてしまいました。アメリカでも第79回「NY・ワシントンD.C.教会めぐりとNYチーズケーキ」に書いたように、ホープダイヤを始めとする宝石の数々はワシントンD.C.にある国立自然史博物館内に展示されています。ホワイトハウスのすぐ近くですから当然軍人の警備が厳しいです。
 「お宝は見られる時に見よ」いま、痛感しています。

 次回は貴族のお屋敷が丸ごと美術館になっている「ウォレス・コレクション」について書きます。

【参考文献】

  • ウィリアム・ダルリンプル、アニタ・アナンド著、杉田七重訳『コ・イ・ヌール-美しきダイヤモンドの血塗られた歴史』東京創元社、2019
  • ウィリアム・ダルリンプル著、小坂恵理訳『略奪の帝国―東インド会社の興亡上・下』河出書房新社、2022

【参考サイト】

2025.10.24 高25回 堀川佐江子記)