第80回:ワイン「ペトリュス」と「白小豆栗むし羊羹」

 先日の誕生日、JR京都伊勢丹に入っている「天一」に天ぷらを食べに行きました。今年9月はJR京都伊勢丹創業25周年祭が催され、9月生まれの私に、バースデープランの招待状が届きました。相手の思う壺にハマるのが大好きな私は、予約して行きました。帰りがけにはいつもレジに置いてある『銀座百点』という冊子を貰ってきます。これは銀座百店会が発行している広報誌ですが、対談やエッセイがとても面白いのです。

 今月号で特に目を惹いたのが檀ふみさんの「あかねさす葡萄の酒を」でした。ワインにちなんだ連載でして、今回はペトリュスというボルドーワインにまつわる話でした。ワイン愛好家たちの垂涎の的、正確には「シャトー・ペトリュス」。超高級、かつ超高価。という冒頭の文を読んで、ソムリエの資格を持っている下の息子に
「ペトリュスって有名?」と聞くと
「超有名」と一言。
「50万円もするの?」
「50万でも買えたらラッキーな方じゃないか、すぐに世界中で売れちゃうから」
これにはびっくりして、少し調べる気になりました。そして興味深い記事を見つけました。葉山考太郎と言う人が、ペトリュスはボルドーの中でも田舎の安い地代のところで作られた、との説明に次のように書かれていました。
 「平安時代から室町時代、京都の人は関ヶ原より東はキツネとタヌキしか棲んでいないと言っていました。その京都で、現代でも威張っているのが平安京のオーラが満載の上京区、中京区、下京区。加えて殿上人が住んでいた内裏の左側の左京区と北側に位置する北区です。」
 「京都人には『JR東海道線より南は京にあらず』との思いがあるようで、南側の山科区や伏見区は、いわれなく蔑まれているように思います。このあたりは、土地代が安いおかげで日本酒の酒蔵がたくさんあり、吟醸酒ができるようになったのでしょう。」
 45年しか京都に住んでいない私が言うのも何ですが、少し訂正させてください。キツネとタヌキの話は初耳です。そして、左京区と北区の方が威張っているのを聞いたことがありません。連れ合いの先輩Hさん(第66回:「御鎌餅と新婚時代の思い出」に登場)は寺町鞍馬口下ルにあるお宅に伺った折、「元々上京区だったのに昭和30(1955)年上京区と北区に分かれるとき、ギリギリ北区になってしまい本当に口惜しい。」と言っていました。理由は「日本全国どこにも北区はある。上京区は京都にしかない。」その通りです。山科区は京都ではないと蔑まれているのは事実ですが、京都の南側ではなく、東側です。そして酒蔵はありません。
 京都人のプライドを感じるのは自分のことを「京都生まれ、京都育ち」と言うときです。どちらか片方ではダメなのです。そして、他の地域の人が真似してはいけません。以前京都で仕事をしていたオッサンが「東京生まれの東京育ち」と自慢げに自己紹介して、吹き出しそうになりました。京都でそれを言うと「田舎もん」なのです。とにかく京都の人はそれ以外の人を「地方の方」と言います。
 葉山考太郎氏がどこの出身なのか不明ですが、京都人ではなさそうです。ペトリュスはボルドーワインが作られている有名な地域から2つも川向こうの田舎で作られた、と説明するために京都を引き合いに出しただけですが、「田舎もん」の私には面白かったです。そして、そこの土壌が素晴らしかったというわけです。

 「天ぷら」に戻ります。バースデーコースの終盤、ウニを海苔で巻いて揚げたのと、栗の天ぷらが出て来ました。ウニも栗も大好物ですが、天ぷらは初めてです。脳の活性化のために心がけている「初体験」が2つもできて、しかも大変おいしく満足しました。

 それで、今回の和菓子は栗蒸し羊羹にしました。2013年に第6回「栗むし羊羹」を書きましたから、今回改めて見つけた、大阪の庵月(あんげつ)の「白小豆(しろしょうず)栗むし羊羹」です。これは高島屋の催事「グルメのための味百選」に出店されていました。全国のおいしいものが集まる「味百選」は毎年楽しみにしていて、静岡にある野桜屋のわさび漬け等が目当てで行きます。栗蒸し羊羹はふつう「小豆生地に栗」なのに、白小豆?と驚きました。希少で貴重な白小豆を使う理由をたずねると「本当に栗のお好きな方にとっては、小豆より白小豆の方が栗のお味を邪魔しないからです。」こう言われては伸ばした手を引っ込める訳に行かず、思い切って購入しました。半棹でも高級ではないワインが1本買える程でした。庵月は昭和24年、心斎橋で開業し70年になり、栗むし羊羹が看板商品とのことです。最高級の生栗を剥くところから自前で、甘露煮にして北海道産白小豆の生地に封じ込めています。まろやかな白餡にしっとりとした栗の風味が溶け合い、コクのある美味しさです。100%栗ではないかと錯覚するほどの贅沢なお味でした。

 檀ふみさんのエッセイを要約します。ペトリュスは、長いことワインセラーに眠っていた。いつかは飲んでみたいけれど、畏れ多くて、もったいなくて、軽々には開けられない・・・来る年も来る年も、まだ「その時」ではない、と思っていた時に、ワインが好きで詳しい、と言うフードライターが現れ、ペトリュスを見て目がたちまち輝いた。「ペトリュスはですね、『黄金の中庸』ともいわれていまして、とにかくバランスが素晴らしいんです!」いまだ!いまが「その時」だ!と彼女はみんなで飲むことを決断した。翌日、料理はそのフードライター自らが用意し、総勢7名で飲んだ。つまり一人グラス1杯ずつ。堪能するにはせめてグラス2杯、願わくは3杯は欲しい、というお話でした。

 なんと言うワインの奥深さ。和菓子はかないませんなぁ。と、ここで、和菓子の贅沢なんて可愛いものよ、と思いました。

【参考文献

  • 壇ふみ「あかねさす葡萄の酒を」『銀座百点』No.814、銀座百店会、2022.9
  • 「栗むし羊羹」しおり 御菓子司 庵月

【参考サイト

2022.9.14 高25回 堀川佐江子記)