第71回:「京菓子展」と有斐斎弘道館

 11月1日から15日まで「京菓子展2020 手のひらの自然―禅ZEN」展が開催されることを知り、メイン会場の有斐斎弘道館へ行けることをうれしく思いました。「有斐斎弘道館」は京都御所のすぐ西にあります。江戸時代を代表する儒者・皆川淇園(きえん1734?1807)の学問所「弘道館」址に建つ文化的構造物を保存しつつ、江戸時代の教養・文化を楽しみながら学び、広めていく活動を行っています。
 弘道館のことを知ったのは、某銀行の季刊誌『発見上手』で「発見コラム和の歳時と趣向」を連載している濱崎加奈子さんのプロフィールに、ここの館長をしていると書いてあったからです。このコラムは和歌を1首取り上げ、作者・背景を美しい文章で解説されていて毎回楽しみにしているのです。
 5年前の2015年、京都では琳派400年にちなんだ展覧会があちこちで開催されました。その時、『京菓子と琳派』を出されていて、関心を持ち、弘道館にも行ってみたいと思っていました。

 小春日和の11月12日、弘道館に行って来ました。露地を通り抜け、奥まった所に数寄屋建築が現れました。受付をすませ上がると、和菓子がいくつかの部屋にスポットライトを浴びて展示されていました。今回のテーマ「禅」の公募に入選した作品、京菓子デザイン部門9作品と茶席菓子実作部門26作品です。
呈茶を申し込みましたので、受付で選んだお菓子と抹茶が運ばれてきて、奥の茶室でいただきました。銘は「祈り」、道明寺粉製の粟羊羹です。これは入選作品ではなく、老舗菓子店「老松」が今回の展示会のために作ったものです。その後、お菓子の展示を見ていると、庭から和服を着た男性が歩いて来られました。拙稿第15回「お盆と夏柑糖」で取り上げた、「夏柑糖」で有名な有職菓子御調進所「老松」つまりたった今、頂いたお菓子を製造された店のご主人、太田宗達さんです。著名な茶人で多くの茶会をプロデュースされ、もちろんこの弘道館の重要な理事でいらっしゃいます。

 運よく解説をしてくださるということで、茶室に戻り、10人くらいで座りました。まず、この弘道館は2009年にマンション計画がもち上がったことから保存しようとする研究者や企業人の有志が集まり、数億円の借金をして買い戻した、ということです。驚いてしまいました。床の間にかかっている軸は細川三斎(忠興)の消息(手紙のこと)「白菊」。「白菊」とは一木三銘とされる著名な伽羅(きゃら)の香木の一つで、これを入手していた三斎が北野天満宮に送った事を書き記した手紙だそうです。思わずまじまじと見てしまいました。一つの香木が分木されて「初音」(加賀前田家所持)、「白菊」(細川家所持)、「柴舟」(伊達家所持)として伝えられており、宮中所持の勅銘「蘭(ふじばかま)」をいれて、一木四銘とされることもあるそうです。数億の借金の話よりびっくりしました。ちなみに北野天満宮はもみじの本数が京都一だそうです。知りませんでした。境内の西側には「もみじ苑」があり穴場となっているようです。
 それから太田さんは、江戸時代の教養は「ちゃかぽん」です、と言われました。「茶道、和歌を詠むこと、ぽんは?能の鼓の音ですね。」この「ちゃかぽん」は井伊直弼のあだ名だそうです。井伊直弼は14男で部屋住みの不遇時代、茶の湯、居合、禅、能楽などの修練に没頭して過ごしていたそうです。「一期一会」というのは千利休の言葉ですが、井伊直弼が茶道の一番の心得として、著書『茶湯一会集』巻頭に「一期一会」と表現したことにより広まったそうです。
 太田さんは一期一会のもてなしを、「茶会(茶事)をするときはテーマを決めて、庭から作り替え、菓子もその時限りのものを作る。今は菓子屋から取り寄せますが、自分で作るんですよ。私は多少菓子を作れますので」というところで、私は吹き出しそうになりました。老舗京菓子店のご主人がそう言われたからですが、皆さんはしーんと聞いていました。

 「茶事を経験されたことのある方は?」と聞かれ、私と2、3人の方が手を挙げました。私は大学生の時、2年間だけ裏千家のお茶を習いました。卒業まぎわに先生が「1回茶事をしましょう」と大奮闘してくださり、茶懐石料理からすべて手作りされ、1日がかりの茶事を催してくださいました。
 太田さんは、「正式の茶事は2時間かけて料理を食べ、ベロベロになるほど酒をのみ、主菓子を頂き、その後いったん露地に出て、再び茶室に戻ったあと、濃茶をいただく。その時は室礼も替わっており、床の間の掛け軸は花に変わっている」と話され、そんなにお酒をのむということに又々驚きました。さらにその後、干菓子をいただき、そして薄茶となって茶の湯の一会が終わることになります。4時間かかるそうです。私が経験したのは、お料理、主菓子と濃茶、干菓子と薄茶のコースで、途中退出もしませんでしたから、正式のものではありませんでした。
 それから「三斎の嫁は誰ですか?・・・玉、ガラシャですね。そこを開けると・・・」と言われ、私のすぐ隣にある襖を開けると仏壇のようなものが現れ、その中には真っ白い美しい着物姿のガラシャがあたかもマリア像のように立っていました。

 茶会と茶事は同じことを指すそうです。私は茶会と言うと主菓子と抹茶が出てくるもの、茶事は懐石料理とお酒をともなう宴と思っていました。私が去年経験した二条城茶会松井紫朗さんの「宇宙を感じる茶席」は最高に楽しいお茶会でした。そしてそれよりさらに10年前、松井さんの母上が催してくださった「萩を愛でる会」は今でも決して忘れることのできない会です。拙稿第38回に書きましたが、広いお庭の萩を愛で、夕食、お茶とお菓子、さらにサプライズで能楽師・金春康之さんの謡「黒塚」がありました。お客一同が心ゆくまで堪能できて印象深い会でした。
 今回太田さんのお話を伺って、私が体験した茶会は少ないですが、お客さんのために一から作り上げて、その時その場に居合わせた人たちの心に残る「一会」をして頂いたことがよく分かりました。お茶の先生がしてくださったのもしかり、松井さま、松井紫朗さんも、心尽くしの会をしてもてなしてくださいました。お茶のこころとはこれだったのだと納得できた日でした。

 「京菓子展2020」のメイン会場はここ有斐斎弘道館ですが、特別会場として、今年は旧三井家下鴨別邸でも開催されました。次回はそちらのことを書きたいと思います。

【参考文献】

  • 「京菓子展2020 手のひらの自然―禅ZEN」チラシ
  • 浜崎加奈子監修『京菓子と琳派 食べるアートの世界』淡交社、2015
  • 濱崎加奈子・太田宗達『平成のちゃかぽん 有斐斎弘道館 茶湯歳時記』淡交社、2017
  • 濱崎加奈子『京菓子の読み方 手のひらの自然―京菓子展の作品から』有斐斎弘道館、2020

【参考サイト

(2020.11.24 高25回 堀川佐江子記)