第99回:金戒光明寺、真如堂とラ・ヴァチュールの「タルト・タタン」

 学生時代の同級生百合子さんが、昨年2月に続き、2月1日、京都に遊びに来ました。第91回に書いたように城南宮にご一緒した友人です。百合子さんは左京区岡崎にある私学共済の宿「白河院」を常宿にしています。和風旅館ゆえに朝夕食が付いているため、外食はできませんが食事のみは可能ですから、1日の夕食を一緒にいただきました。「白河院」はなんと藤原家の祖である藤原良房の別荘だったそうで、藤原師実の時、白河天皇に献上されたとのことです。見事に手入れされた庭は、有名な作庭家・小川治兵衛、通称「植治」と言い、代々植木を家業とする家柄の7代目の作です。琵琶湖疏水から水を引き入れ、東山を借景とした池泉回遊式で、一隅に滝を配した本格的な庭園です。日が暮れるとライトアップされ、なんとも風情があります。いい雰囲気の中で京料理を堪能したと言いたいところですが、おしゃべりに夢中であまり庭は見ていません。

 翌2日は朝から白河院より北に向かって歩いて5分ほどの所にある「金戒(こんかい)光明寺」に行きました。ここは法然上人43歳の承安5(1175)年、比叡山での修行を終えて、この地で念仏をされた時、紫雲全山にたなびき、光明があたりを照らしたことから浄土宗最初の念仏道場を開かれた場所です。
 阿弥陀如来の一番の願い(本願)は全ての人が救われることにあるとして、阿弥陀如来の御名を唱えるという万人がなすことのできる念仏で、みな浄土に往くことができるという教えです。早い話が、難しい修行をしなくても「南無阿弥陀仏」と唱えれば救われるということです。
 御影堂からさらに奥にある方丈北庭に行くと「紫雲の庭」があり、それは法然上人の生涯と浄土宗の広がりを枯山水で表現したものでした。法然の「幼少時代美作の国」を表した庭を見て、岡山市出身で津山市在住の百合子さんが「津山の近くに誕生寺という法然誕生の寺があるんよ。」と教えてくれました。「修行時代比叡山延暦寺」「浄土開宗金戒光明寺の興隆」と共に白川砂と敷き詰めた中に大小の石で表わされていました。(画像は水野克比古氏撮影)

 続いて、境内を出てすぐ北にある真如堂に行きました。白川通に「真如堂前」というバス停があり、40年以上前からよく通過はしていましたが、入るのは初めてでした。2月2日でしたので、節分と同前日に行われる「節分会日数心経」、つまり「般若心経」が本堂で繰り返し唱えられていました。真如堂は永観2(984)年、戒算上人が開創した比叡山延暦寺を本山とする天台宗のお寺です。衆生済度、特に女性をお救いくださる「うなずきの弥陀」をご本尊にまつっています。上に書いた浄土宗の開祖・法然上人、浄土真宗の開祖・親鸞聖人をはじめとする行者や、多くの人々の祈りを受けとめて来ました。

 拝観料 500円を払って、奥に進むと「涅槃の庭」と「随縁の庭」がありました。どちらも新しく、前者は1988年、曽根三郎氏によって作庭され、北(向かって左)を頭にしたお釈迦さまが入寂され、その回りを弟子たちが囲んで嘆き悲しんでいる様子が表現されていました。借景は大文字山です。後者は2010年、重森千青氏による作庭。三井家家紋「四つ目」に因んでデザインされ、モダンな感じでした。「随縁」とは事象が縁に因って様々な現れ方をすることをいうそうです。
 真冬のお寺2つに行き、冷え切ってしまいました。覚悟はしていましたが、温暖化でマシになっているとはいえ暖房のない底冷えのする京都のお寺の寒さを思い知った次第です。

 3日は白河院からほど近い京都市美術館で「コレクション展(所蔵品展)冬季特集」を見ました。百合子さんの目的であった上村松園の「人生の春」という嫁入りの娘とその母の絵が見られて満足しました。

 もう一つ、百合子さんの今回の旅の目的「美味しいものを食べよう」は祇園の鍵善良房で「くずきり」と岡崎で「タルト・タタン」を頂くことでした。拙稿第4回「祇園祭」で鍵善のくずきりは取り上げました。鍵善には到着した1日に行き、百合子さんは迷った挙句、寒いのに「くずきり」を注文しました。というのは、鍵善はもう随分前から喫茶室に入るのに行列になっているため何度も断念していたからです。私は冬メニューの「きび餅ぜんざい」を注文しました。小豆を柔らかく炊いた汁のないぜんざいと、温かいつきたてのきび餅がぷちぷちと口の中で弾け、本当に美味しかったです。

 美術館から徒歩で「ラ・ヴァチュール」へ。開店前だったので10分ほど外で待って、一番で入店しました。次々にお客さんが来て、早々に満席となりました。お店のしおりによると、「タルト・タタン」は19世紀後半、フランスのあるホテルを経営するタタン姉妹の失敗から生まれました。りんごのタルトを作り始めたタタン姉妹、りんごを炒めすぎて焦がしてしまいます。失敗を取り返そうと、フライパンの上にタルト生地をかぶせて、そのままオーブンへ。ひっくり返すとそれはそれは美味しいタルトができていたのでした。
 ラ・ヴァチュールは初代店主、松永ユリさんと辰夫さんが前身である喫茶店「紅屋」を祇園で始めたのが1959年のことでした。料理と芸術を愛するユリさんは1964年に美術を扱う画廊「紅」へ転業します。1971年、現在の岡崎に移転、画廊「紅」と共にフランス料理店ラ・ヴァチュールは始まります。

 フランス料理のデザートである「タルト・タタン」に魅了されたユリさんは芸術への思いを込めて焼き続け2005年、フランスのタルトタタン愛好家協会から認定証を送られました。2014年に96歳で亡くなるまでその思いは途絶えることはありませんでした。
 現在、タルトタタンのレシピと思いは孫の若林麻耶さんへと焼き継がれています。1台で20個以上ものリンゴを4時間も煮詰めて作るタルト・タタンです。リンゴの旨味がぎゅっと濃縮されて、とろけるお味でした。厨房にいらしたのを出て来てくださった麻耶さんにお話を伺うことができました。外玄関を入ると、さらに左右2つのドアがあるのが不思議でしたが、右が喫茶店、左はかつて画廊だったのだそうです。私は20年位前と10年位前に行きましたが、画廊の記憶はありません。ただ、かわいらしいおばあちゃまが入ってすぐの小さなテーブルと椅子に座っていらしたのは覚えています。

 百合子さんの希望で訪れた「タルト・タタン」のお店、創業者がユリさんというお名前と知り、ご縁を感じた次第です。真冬の京都は訪ねて来てくれる友人がいないと出歩くこともありませんが、
「有朋自遠方来、不亦樂呼」朋あり遠方より来たるまた楽しからずや
まさにこんな心境になれて、あたたかくなった節分でした。

【参考文献】

  • 金戒光明寺」しおり
  • 「真如堂」しおり
  • 「ラ・ヴァチュール」しおり

【参考サイト】

2026.3.1 高25回 堀川佐江子記)