第74回:仙太郎の「玉露おはぎ」と田村正和

 自粛期間は1年をはるかに超え、ほとんど自宅から徒歩圏内で生活している私の楽しみは、「本日のお茶のアテ」を探し、求めることです。ありがたいことに仙太郎山科店が徒歩10分の旧三条通沿いにあります。
 仙太郎といえば、一番の目玉商品は大ぶりの「ぼた餅」でした。でした、というのは2年ほど前の令和元年6月末、丹羽大納言小豆の生産農家が大幅に減ったことに加え、5年にわたる不作が理由で、販売終了となり、翌7月1日より目方と価格を変え「おはぎ」の発売となったのです。ぼた餅は120g、240円(税別)のまさに牡丹の花のようなボリュームがありました。おはぎは80g、180円(同)となり、見た目もかわいらしくなりました。おはぎとぼた餅のことは、拙稿第27回:今西軒の「おはぎ」と糸井重里にも書きました。

 「今月のおはぎ」の札に気がついたのは今年の1月でして、「白味噌」と書かれていました。白味噌あんに目のない私は、上に一粒、黒豆の蜜煮が乗った初体験の「白味噌おはぎ」に舌鼓を打ち、何度か賞味しました。2月は「黒胡麻おはぎ」、3月は「桜おはぎ」、4月は「うぐいすおはぎ」でした。

 そして5月は「玉露おはぎ」です。深い緑のあんは、見た目にも新緑の季節にぴったり。白あんに玉露を練り込んであるとの事でした。それはそれは濃いお茶の香りが口の中に広がり「まったり」としたお味でした。上品な白あんは白小豆を使っているに違いないと思い、次にお店に行った折たずねてみると、本店に電話して確かめてくれて、手亡豆ではなく「北海道産の白小豆」との事でした。

 早速、仙太郎をひいきにしている若い友人の美代子さんに伝えました。彼女は、拙稿第42回:井伊直虎と彦根城、そして「殿様ぜんざい」のさわ泉(せん)へ和菓子ツアーに連れて行ってくださった方です。大丸京都店のすぐ近くにお住まいです。「仙太郎の今月のおはぎ、『玉露』は絶品です。お茶の味をどうしてこんなに濃厚に美味しく出せるのか。お勧めです。」とLINEしたところ、すぐに「聞いただけで美味しそうじゃないですか!買います!!」と返信が来て、1時間そこそこしたら、お皿に美しく盛り付けられた画像が送られて来ました。そして「食に関しては有言即実行の私です。お茶を上手に使ってますね。京都は抹茶味が多くて、よく抹茶との相性の悪さを思い知らされる事が多いのですが。こちらはおいしかったです。」と添えられていて、とてもうれしくなりました。「有言即実行」のノリが最高です。

 先ほど、私は玉露あんのことを「まったりとした濃厚なお味」と書きました。「まったり」で思い出すのが、つい先頃4月3日に他界された田村正和さんです。私が京都に来て間もない、今から40年ほど前、テレビ番組で田村正和さんが、京都東山のどこかのお寺を訪れ、茶店で休憩する場面がありました。お抹茶を飲んだ後、彼は「こういうのを京都では、まったり、と言うんでしょうね」と言われたのです。多分、私が「まったり」という言葉を初めて実際耳にした時だと思います。いまだに自分では使ったことがありません。改めて岩波の『国語辞典』で調べてみましたら、「味わいにまろやかさ・こく・深みなどがある感じ。関西方言」とあり、もうひとつ『日本語大辞典』には「こくがあって口の中で味わいがゆっくり広がるさま」と出ていました。まさに田村正和さんは抹茶の味を正しく表現していたのです。
 最近ではよく「ゆったりしている様子」に使われていますが、私には違和感があります。多くの人が使うと言葉の意味は変化するもので、実際、広辞苑第7版では「ゆっくりとくつろいでいるさま」も載っていました。でも京都で生まれた田村正和さんは本来の使い方をしていて、若い頃の彼の熱烈なファンであった私は、さすがと思いました。なんと彼は映画の街だった太秦の生まれだそうで、私も15年ほどその近くで暮らしましたから、今更ですが、なおいっそう親近感が湧きました。

 今日は月変わって6月1日。今月のおはぎは「宇治煎茶」になっていました。煎茶あんで、青じそ入りもち米生地を包み、煎茶と氷餅(餅を水に浸して凍らせて、寒風にさらして乾燥させ、砕いたもの)をまぶしています。もち米に細かい煎茶が混ざっている為、見た目よりもかなりお茶の香りが立ち上ってきました。

 京都の緊急事態宣言は当初4月25日から5月11日迄でしたが、5月末に延長され、さらに6月20日まで再延長されました。私の体重も緊急事態を迎えていて、和菓子生活を自粛せねばいけないのですが、これが至難の技なのです。和菓子にちなんだ京都暮らしのエッセイは体を張って書いています。

【参考文献】

  • 『国語辞典』第六版、岩波書店、2003
  • 『日本語大辞典』講談社、1995
  • 『広辞苑』第七版、岩波書店、2018

【参考サイト

(2021.6.1 高25回 堀川佐江子記)