第60回:俵屋吉富の「雲龍」

 和菓子に因んだエッセイ「京都暮らしあれこれ」が60回目を迎えることになりました。ここまで続くとは、正直思っていませんでしたが、お読みいただいている皆さまに励まされ書き続けることができました。厚くお礼申し上げます。

 京銘菓はあまたありますが今回、棹物の生菓子として特筆すべき銘菓「雲龍」を取り上げることにしました。「雲龍」は上京区室町通上立売通上ルに本店を構える、俵屋吉富の先々代、石原留治郎さんが大正13(1924)年に創作したお菓子です。本店と烏丸通りを挟んで向かいにある相国寺が蔵する「雲龍図」(狩野洞春筆・江戸時代)に感銘を受け、雲に乗る仏法守護の龍の姿を表しています。命名は、留治郎氏が師と仰いでいた相国寺の当時の管長・故山崎大耕老師がこの菓子をみて「雲龍としてどうか。」と即座にお言葉をくださったそうです。
 材料は大納言小豆と村雨餡です。村雨餡とは餡に米粉、餅粉を混ぜて蒸したそぼろです。雲龍は大粒の大納言小豆を雲に似せた村雨餡で巻き上げた棹物です。棹物といえば羊羹等、細長く棒状をしている和菓子を指しますが、生菓子で棹物を作ったということが革命的なことでした。
 本店に問い合わせお聞きしたところ、最初は御用菓子としてのものであり、後に戦争により操業休止の時期もありましたが、昭和25年、戦後初めて京都大丸にて京菓子展示会が開かれ「雲龍」を出品し大好評を博し、皆さま方から愛される商品になったとのことです。

 手元に40年前、1979年に頂戴した「雲龍」の箱の中に入っていたしおりに石原留治郎氏の書かれた文章があります。
 「菓匠はあずき一粒、一粒にも心を通わせて目を光らせ、掌中の玉のように暖かく手のひらに包むようにして、ひとつひとつ心を込めて造ってきた」というくだりは胸を打つことばです。
 「雲龍」は百貨店で求めることができますので、わざわざお店まで行かないのですが、今回室町通りにある本店に行ってみました。懐かしい老舗のたたずまいでした。多くの和菓子の老舗がガラス張りの新しい店舗になっているからです。それから烏丸通りに面した烏丸店に行き、まず隣接する「京菓子資料館」(入場無料)を見学しました。京都に来て間もない昭和53年頃、新しくできたばかりの俵屋吉富烏丸店の3階にある「ギルドハウス京菓子」という京菓子資料館を拝見して以来40年ぶりです。和菓子の歴史、和菓子作りの道具、和菓子の意匠等、簡潔に展示されていました。40年も前に京菓子に特化した資料館を作られたとは画期的なことだったと思います。ここの他には東京の赤坂にある虎屋文庫しか思い浮かびません。また、この資料館には見事な糖芸菓子(かつては工芸菓子・飾り菓子と呼ばれた)が展示されていて目を見張りました。拙稿第45回「お伊勢さん菓子博2017と白い赤福」でも取り上げた一昨年の「第27回全国菓子博覧会」に出品されたものでした。伊勢の会場でため息をついたことを思い出しました。

 1階には裏千家十五世鵬雲斎千宗室家元ご命名の「祥雲軒」という立礼のお茶席があり、お薄とお菓子を頂くことができます。季節の生菓子4種もありましたが、わたしは「復刻雲龍」を注文しました。小豆のうまみをしっかりと味わえるお菓子でした。それからお隣に行き、「白雲龍」とやはり生菓子も欲しかったので2つお土産にしました。

 またまた40年前の思い出ですが、最初の子が生まれて初節句を清水市(当時、現在静岡市清水区)の夫の実家でお祝いすることになり、親戚が集まりました。お祝いのお返しに少々無理をして雲龍と白雲龍の2本セットを7箱購入し京都から持ち込みました。わたしの実家と仲人をした伯父が鯉のぼりを贈ったため、それを揚げるための土台と棹5本を大工さんに作ってもらったら7万円もかかったそうで、義母はあまり機嫌がよくなく、お祝いの中から雲龍の代金はもらえませんでした。それでも夫の五月人形を出して飾ってくれてあり、初孫の初節句をよろこんでくれていたことは間違いありません。

 それより2年前のこと、もうひとつ雲龍の思い出があります。実は夫とつきあい始めた時、「雲龍」を1本持って東京の私の下宿に訪ねて来たのです。彼が帰った後、入れ違いに高校・大学と同級だった親友のSさんが来ました。彼女はすぐに「雲龍がある」と言って「食べていい?」「いいよ」ナイフで切って、そのまま刺して口に運び「うまい」と言いながら3回目のナイフを入れてまさに食べようとした時、電話が鳴りました。彼から「京都に着いた」と言う電話でした。その時のSさんの顔を今でも覚えています。「佐江子さんに男がいた。近年にないショックだね」あの~、そんな関係ではなかったのですが。

 今では雲龍・白雲龍ともにハーフサイズがあり、少人数家族でも求めやすくなっています。久しぶりの白雲龍はやはり白小豆の上品な香りとほのかな甘みで唸ってしまいました。

【参考文献

  • 石原留治郎「雲龍のこと」雲龍しおり
  • 石原義正『菓匠歳時記』京都新聞出版センター、2005
  • 井口海仙監修『和菓子入門』淡交社、1979
  • 坂井輝久『菓子ひなみ・三六五日の和の菓子暦』京都新聞出版センター、2007

【参考サイト

(2019.1.30 高25回 堀川佐江子記)