第83回:ソメイヨシノと紫野源水の「ひとひら」

 今年の桜の開花は特別早く、3月17日京都市でソメイヨシノの開花を観測したと発表されました。昨年3月24日より7日早く、平年3月26日より9日早いそうです。二条城にある標本木が開花基準(5~6輪)となる6輪が咲いているのを確認し、開花宣言をしたそうです。標本木が二条城にあったとは今年まで知りませんでした。

 もう一つ今年初めて知ったのは、ソメイヨシノ発祥の地が東京都豊島区駒込・巣鴨であることです。江戸時代、染井村の植木屋がエドヒガンザクラとオオシマザクラを掛け合わせて作り出した話は聞いていましたが、染井村はもっと郊外にあると勝手に想像していました。江戸時代、駒込あたりは十分に郊外だったわけで植木屋が集まっていたのもうなずけます。
 駒込には六義園(柳沢吉保の邸跡)があり、若い頃一度行ったことがあります。上京時の定宿は池袋ですので、そこからも近いです。染井村の植木屋によって作られた吉野桜として売り出されましたが、奈良県吉野山の桜はヤマザクラであり、混同されないように染井村の吉野桜ということで、染井吉野(ソメイヨシノ)と名付けられたそうです。単一の株から接ぎ木などで作られた遺伝的に同一のクローンだということが判明しています。

 4月に入って東京に行く用事があったので、2日午前、駒込駅すぐ脇にある染井吉野桜記念公園に行ってきました。ちょうど「染井よしの桜まつり」を開催しており、小池百合子知事も臨席していてびっくりしました。警備の人の許可を得て、石碑の写真を撮らせていただきました。式典の司会をしていた副区長さんに伺ったところによると、駒込が染井吉野発祥の地であることをもっと広報しようと20年以上前から行っているそうです。「染井よしの町会」と書かれた揃いの桜色の薄いジャケットを着た役員は「やっとマスコミにも取り上げられて、認知されて来てうれしい」と言っていました。立派なソメイヨシノが葉桜になっていたのがちょっぴり残念でした。

 桜をモチーフにした生菓子を探したところ、見つけました。紫野源水の「ひとひら」です。3月末の午後2時ごろ電話すると、奥様が出られ
「おいくついりますか?」
「ひとつでいいんです」
「ひとつならできます」
よかった。急ぎ、地下鉄とバスを乗り継ぎ、北大路新町のお店に行きました。
 実はこのお店、昭和59(1984)年9月に創業して間もない頃、知り合いが「松の翠」というお菓子をお土産に拙宅を訪れました。それがあまりにも美味しかったので、翌日、当時住んでいた右京区太秦からわざわざ買いに出向いたのです。江戸時代後期の1825年創業の「源水」の3男さんが暖簾分けしたお店でした。私が24年前に山科区に引っ越してからは遠のいていました。久しぶりに奥様に会えて、うれしいことでした。ちなみにお兄さんがされていた「源水」は2018年に閉店したそうです。

 「ひとひら」の形は珍しく、他で見たことがありません。1枚の花びらが風に舞っているようです。和菓子に造詣の深い井上由理子さんはご著書の中で「花びらの形に絞り、尾をすっと引くことで、花びらの動きの行方(ゆくえ)を美しく表現しています。」と書かれていて感心してしまいました。
 京菓子によくある「こなし」ではなく、「練り切り」とのこと。二つの違いは「こなし」は餡に小麦粉等を合わせて蒸し、もみこなして作るが、こちらの「練り切り」は白小豆餡につくね芋を蒸して裏漉ししたあと、火にかけて練り上げます。つくね芋とは薯蕷饅頭の薯蕷(ヤマノイモ、大和芋)のことです。東京では練り切りが多く、京都はこなし生地が好まれると聞いていますから、珍しいのです。
 ご親切にもお店の中での撮影を許可してくださいました。帰宅後、さっそくお抹茶と共にいただきました。大げさでなく、ふわっとしたなめらかな感触に驚きました。これがつくねのやさしさなのか。確かにこなし生地ではもっとむっちりしています。初めての味わいで幸せな気分に浸れました。

 折しも京都の桜は満開。3月31日、哲学の道沿いに所用があり出かけましたので、写真を撮ってきました。全長2kmにソメイヨシノなど約400本が咲き誇って、花びらが風に舞っていました。押し寄せる人人人でしたが、満開の桜はやはりいいですね。

【参考文献

  • ソメイヨシノ「植物園通信」京都府立植物園、京都新聞2023.3.25
  • 井上由理子『和菓子の意匠-京だより』京都新聞出版センター、2010

【参考サイト

2023.4.3 高25回 堀川佐江子記)