第43回:味噌の仕込みと味噌松風

 「手前味噌」という言葉があります。手前味噌ではありませんが、私が味噌を作るようになって、今年で27年目になります。きっかけは、いい大豆と麹を斡旋してくれる友人がいたことです。「味見してみて」と言って頂いた味噌がとても美味しかったので、材料を注文するようになりました。

 作り方はとても簡単です。2月初旬、材料が届いたら、すぐ麹に塩を混ぜておきます。これを塩切りといいます。麹に塩をまぶすことによって、麹の水分活性を下げ、麹菌自体の発酵を抑えます。発育を抑えられた麹菌は自己融解を起こし、味噌をおいしくするための酵素を出すようになります。
 大豆は数回水を替えながらよく洗い、たっぷりの水で一昼夜浸します。大豆は吸水して2.5~3倍の大きさになりますので、最初の年はビックリしました。次に容器の準備をします。カメがいいのでしょうが、重いのでプラスチックの樽を洗い、乾かし、焼酎または除菌用アルコールをスプレーして、さらに塩を振っておきます。

 大豆は指でつぶれる位の柔らかさまで炊きますから、私は圧力鍋を使います。ただ、圧力鍋で豆を炊くときは豆の皮が蒸気穴に詰まるため、一度に沢山できず、何回にも分けて茹でます。圧力鍋のおもりが回り始めたら火を弱めて5分、火を止めて蒸らし10分で取り出します。それから平たい鍋に移し替え、ポテトマッシャーを使ってつぶしていきます。ポテトマッシャーは昔、拙稿第11回「桜と花筏」にも登場したしらはぎ会の後輩Oさんがポテトサラダやコロッケを作るのに優れものと教えてくれました。とても重宝しています。豆がつぶれる頃には少し冷めています。熱いうちに麹を混ぜると麹菌が死んでしまうので、触れるくらいになっていれば大丈夫です。その間、次の豆を圧力鍋に入れて火にかけます。
 つぶれた豆に塩切りした麹を混ぜ、ソフトボール大に丸めて味噌玉を作ります。水分が足りないときは大豆の煮汁を足します。この味噌玉を先に用意した容器にきっちりと隙間がないよう、詰めて行きます。初めはエイヤッと投げつける様にすると空気が入らないと教わりましたが、そこまでしなくても並べてゲンコツで圧しながら次々と詰めていきます。表面は凹凸がないように平らにして、焼酎または除菌用アルコールをスプレーしたら、塩を敷き詰め、ラップで表面に空気が入らないようにきっちり覆ったら完成です。この時点では少し温かいので、翌日に樽の蓋をして、さらに紙を被せて紐で周囲をくくって塵よけにします。それから家の中で一番涼しい場所に保管します。分量があるので大変ですが、たった1日の仕事です。
 2月に仕込みをするのは雑菌の繁殖が少ない時期だからです。5月か6月頃には蓋を開けてみて、カビがポツポツ出ていたら、箸で取り除き、また焼酎か除菌アルコールをスプレーしておきます。この味噌カビが出るのは普通のことですから気にすることはありません。夏を過ぎて9月には食べられます。

 京都に来て白味噌を知り、私はその美味しさの虜になりました。正月のお雑煮も初めの頃は、浜松風におすましや、醤油と白味噌を半々にしたものを作っていましたが、もう30年位白味噌のお雑煮です。白味噌は米麹を大豆の2倍使い、塩分が5%と少ないのが特長です。普通の味噌は塩分11~12%です。白味噌を西京味噌とも言うのは、明治維新による遷都で江戸を「東京」と呼び、京都を西の京、すなわち「西京」と呼んだことから名付けられたようです。京都の人はあえて西京味噌とは言わず、白味噌と言っています。

 この白味噌を使ったお菓子が味噌松風です。京都で有名な味噌松風のお店は3軒あります。堀川通り沿い、西本願寺の向かいの「亀屋陸奥」、大徳寺のすぐ近くにある「松屋藤兵衛」と京都御所の南門である堺町御門を南に下がってすぐのところにある「松屋常盤」です。

 前の2軒は頂いたことがありましたので、今回「松屋常盤」に電話予約し、翌日受け取りに行きました。16代目の奥様が応対して下さいました。味噌松風は白味噌と小麦粉に砂糖を加えて練り混ぜ、表面に黒胡麻を散らして焼き上げたものです。紙箱に1枚入っていて、切り分けて頂きます。表にこんがりと焼き色が付き、見た目はカステラのようですが、卵は入らず、やや堅めのしっかりした食感が特徴です。白味噌の香ばしさは白味噌好きの私にはたまらないです。この風雅な名前は謡曲の「松風」にある、「浦寂し 鳴るは松風のみ」という一節に由来しています。裏に焼き色が付かないので、寂しいということにかけた言葉遊びです。大徳寺57世和尚から伝授されたということです。商品名が「紫野味噌松風」というのは紫野に大徳寺があり、そこにも納めていたからだそうです。

 お店の創業は承応年間(1652~55)。後光明天皇より禁裏御菓子匠の白い暖簾を賜り、一子相伝の技で360年続いています。松屋常盤と言えば、「きんとん」が絶品で有名でした。この「京都暮らしあれこれ」を書き始めて間もない頃、取り上げようと電話しましたら、「もうしばらく前からきんとんは作っていません」と言われました。今回も聞いてみましたが、答えは同じでした。いつか再開してくださることを願っています。
 帰り際、奥様にもうひとつ「白味噌はどこのお店のものですか?」と伺うと、「関東屋さんです」とのこと。なんと私は中京区にある関東屋さんの隣に住む友人に20年以上も良質な麹と大豆を取り次いでもらっているのです。何の関係もないのですが、うれしくなってしまいました。

 毎年できあがり8㎏の味噌を2つ分仕込みますが、今年は初めて、麦麹が手に入ったので麦味噌も作ってみました。と言うのも、「脳は初体験を喜ぶ」と聞き、今年の目標は「初体験をいっぱいしよう」と決めたからです。麦味噌の仕込みはそのひとつです。1枚目の写真の左2つが麦味噌で、上は塩を敷き詰めたところです。1つ分作るのに大豆を3回に分けて炊く為×3で、9回も圧力鍋をセット・調整を繰り返します。私は日頃ぐうたら生活をしていますが、季節ごとに楽しみな仕事があります。冬は味噌の仕込み、春はみかんのマーマレード、苺ジャム作り、初夏に梅干し・梅シロップ作り、秋のりんごジャム作りです。それで、季節労働者と自分で言っています。どれも美味しいから続いています。やっぱり手前味噌でしょうか。

【参考文献】

  • 「きんとん 松屋常盤」『京のお菓子』暮らしの設計NO118. 中央公論社 1978
  • 「老舗の手仕事--主菓子 松屋常盤」『宗家の茶菓子』別冊家庭画報 茶道シリーズ3、世界文化社 1982
  • 松屋常盤 紫野味噌松風しおり 

【参考サイト】

(2017.2.28 高25回 堀川佐江子記)