第41回:千本釈迦堂の「大根炊き」と素敵なお茶の時間

 上京区七本松通今出川上ルにある千本釈迦堂、正式名は大報恩寺。大根炊き(だいこだき)で有名です。鎌倉時代1227年、義空上人によって開創されたこの寺は、本堂が創建時そのままのもので、応仁・文明の乱にも奇跡的に災火を免れた京洛最古の建造物として、国宝に指定されています。
 釈迦が悟りを開いた12月8日は、千本釈迦堂で成道会(じょうどうえ)という「悟りの日」を慶賛して法要が行われます。第三世慈禅上人はお釈迦様が修行中に悪魔の誘惑に負けず、12月8日の夜明け前に明星出現と同時に悟りを開かれたことにあやかって、法要の度に4本の大根を縦半分に切って8本とし、切り口に釈迦の梵字を書いて供え、参詣者への「悪魔除け」としました。その後、「悪魔除けの大根」は他の大根と一緒に焚きあげて、参詣者にふるまわれたのが「大根炊き」の始まりと言われています。
 私は千本釈迦堂へは20年位前の7月、陶器市に一度行ったことがあるのみで、大根炊きにはこの12月8日に初めて行きました。北野天満宮の手前、上七軒でバスを降りて寺に着くと長蛇の列でした。列の最後尾に付こうとしたら、作務衣を着た寺の関係者が「本堂手前の小屋で引換券を買って来るように」と言います。仕方なく、列の横を通って券を買い、戻るとさらに人は増えて、寺の外に並ぶことになりました。50分くらい並んで、やっとありついた大根炊きは雑煮椀くらいの大振りなお椀に厚さ2.5センチの大きな輪切り大根が3つと、すし揚げくらいの大きさのお揚げが乗り、醤油味の汁がたっぷりかかっていました。ちょうどお昼時、熱々をおいしく頂きました。中風封じ・諸病平癒・健康増進祈願の「大根炊き」ですから、お年寄りが多いわけです。
 元々材料となる聖護院大根の丸々と太った1個1個にカラメルで梵字を書くのはお釈迦様を偲んだものです。しかし、年々参拝客が増え、大根の数が間に合わなくなった為、現在は長い大根を使っているそうです。

 出かける前、近くに和菓子屋さんはないかと地図を眺めていたら、千本釈迦堂から近いとは言えませんが、「聚洸」があることに気付きました。ここは生菓子のみ作っていて、最近とても評価が高いお店です。本当は3日前までに予約が必要らしいのですが、朝10時に電話するとご主人が出られ「おいくついりますか?」と聞かれ、「わらび餅を2つと生菓子3つ」と注文しました。わたしは自他共に認める折り紙付きの方向音痴ですが、千本釈迦堂から北東の方角に15分ほど歩いて無事、大宮通寺之内上ルの「聚洸」に着きました。
 ご主人は拙稿第23回還暦同窓会と落とし文、第28回琳派と光琳菊で取り上げた「塩芳軒」のご次男です。こことわらび餅で有名な名古屋の「芳光」で10年修行され、独立して11年目とのことです。すっきりしたお店はショウウインドウに生菓子が6種類あるのみでした。一度来たかった「聚洸」に初めて来て、入手できたことで喜びも一入でした。

 そのあと、私はもう一つ用事がありましたので、バスを乗り継いで銀閣寺に向かいました。拙稿第8回に書いたように川端道喜の16代目夫人、池田知嘉子さんは日本画家でもあり、その展覧会です。4年前の初個展と同じギャラリーに行きました。知嘉子さんを紹介してくださった書塾の友人、久保さんと待ち合わせていたところ、ほどなく現れて「これから、すぐ近所の宮本さんのお宅にお茶を呼ばれに行きましょう」と言われビックリしました。宮本さんとは、久保さんの古くからの友人で、4年前にこのギャラリーで出会い紹介して頂いた方です。「今から?いきなりいいのかしら」と不安でしたが、厚かましくも付いて行くことにしました。
 宮本さんはフランス文学の『ジャン・クリストフ』や『魅せられたる魂』で有名なロマン・ロランの研究・翻訳をされた故宮本正清氏の奥様です。ご自身もフランスに留学されています。一度会っただけの私を快く迎え入れてくださいました。突然私は「何て幸運なんだろう」と思いました。聚洸の生菓子を下げているのです。まず「写真を撮らせてください」と正直に話し、図々しくも銘々皿をお借りして、やわらかな冬の日差しの入るリビングルームで撮影させて頂きました。そして、わらび餅ひとつを除いて、3人で4つ頂きました。
 「聚洸」は初めてでしたが、ここのなら間違いないと思った通りのお味でした。菓子銘はきんとんが「やぶこうじ」、練り切りが「寒牡丹」、羽二重は「椿」でした。私が頂いたのは「椿」です。一口食べて、持参した自分がつい「おいしい~」と自画自賛してしまいました。後でご主人に伺うと、羽二重は餅粉にメレンゲと砂糖を混ぜたもので、柔らかくふわっとした感触の餅に包まれた中は備中白小豆のこし餡でした。「わらび」は三等分して頂きました。とろけるわらびが主役、中のこし餡は控え目でした。

やぶこうじ

寒牡丹

椿

 この席で私の古い知り合い、親しい友人、さらに懐かしい恩人と次々に宮本さんもご存じの方が話題となり驚きの連続でした。冬至に近い冬の午後は暮れるのが早く、名残りを惜しみながらおいとましました。近いうちにまた、ゆっくりおしゃべりしたい、その時の和菓子は何にしようかと考えながら、銀閣寺のお宅を後にしました。
 大根もいいけれど、やっぱり私は和菓子がいいです。

【参考文献】

  • 千本釈迦堂 大報恩寺 しおり

【参考サイト】

(2016.12.17 高25回 堀川佐江子記)