このホームページを通して会員相互の交流が一層深まり、活動の場が広がることを願います。
幡鎌さち江(24回)
しらはぎ会の皆様、こんにちは。
今年は、猛暑、ゲリラ豪雨そして、世界規模での異常気象を肌で感じるニュースが駆け巡りましたが、重陽の節句を過ぎて秋の気配を感じる今日この頃となりました。
北高15回の松島知次さん(※松島十湖の曾孫)主催の俳句の会に参加しておりますが、今回投句した私の俳句を駄作ではございますが、以下少し御紹介いたします。
①地獄絵の氷河崩落秋の風
②アンダーパス非情の白雨悲しけれ
このような年々、巨大化する自然災害などを目の当たりにすると、人間の力の無力化を感じると同時に、今、世界中で起こっている戦争の愚かさ、人間中心の文明の急激な進展は地球全体を簡単に破壊することができるようになったことへの恐怖を感じざるを得ません。
丘浅次郎は、著書『進化と人生』の中で次のように述べています。
「・・・過去の歴史が戦争の記録で満たされてあるごとくに、未来の歴史もやはり戦争の記録で満たされるものと断言せねばならぬ。もとより一の戦争と次の戦争との間には若干の平和時代がはさまってくるには相違ないが、これは次の戦争の準備のできるまでの幕間に過ぎぬ。・・・人道という字も戦争の口実としてしばしば聞くところであるが、・・・・人道のためという文句は、あたかもわが種族のためとあからさまに言うべきところをおおい飾るための符号のごとくに用いられているように見受けるから、これもやはり平和のためと同じく、一種の定式の文句とみなしてよろしかろう。手紙を認(したた)めるときに拝啓と書いても実際拝むわけではなく、頓首と書いても実際頭を下げる者は一人もないにかかわらず、これらの文句を省いては先方に対して失礼にあたるゆえ、その事実ではないことは双方ともに充分に承知しながら、やはりこれらの文句が必要であると同じく、列国はいずれも平和を愛し、人道を重んじ、平和会議を主唱したり、敵を優遇する道を講じたりしているのである。」
さらに、ここで丘浅次郎の息子・丘英通博士の著書『習い性となるか』の中の一文、「自然科学者ゲーテ」を紹介いたしましょう。
ゲーテはドイツが生んだ偉大なる文豪として知られていますが、偉大な自然科学者であったことを知る人は少ないと思います。ゲーテは形態学者であり、動植物、多様な生物諸相を互いに比較し、それを貫く基本方針を求めました。
「イェナにあるヘッケルの家を訪れた者は、そこに進化論の先駆者として他の学者と共にゲーテの大肖像が掲げられてあるのを見るであろう。・・・(中略)
自然科学において総合的方法の重要性を説いたゲーテは、実生活においてもまた総合的であった。詩人にして科学者をかねた人間ゲーテは、まさしく総合の権化である。人間には二つの傾向がある。一つは理性を通じてこの世界を説明せんとする知、他は感情を通じてこの世界を理解せんとする情・・・(中略)・・・学問の理想は分析と総合との適当なる結合にある。ゲーテの句を用うるなら『分析と総合とは呼気と吸気の如く相まって始めて科学の生命をなす』」
現代はあらゆる分野の学問が進歩してきましたが、一方で一つの分野の細かい細部のみが強調され、全体像が見えなくなってきているのではないかと思われることも・・・。
科学は著しい進歩を遂げてきましたが、かつて人類の未来のために貢献するという理想を抱いて素晴らしい成果を挙げてきた科学者たちが、時代の波にのみ込まれて、大量破壊兵器を生み出すことになっていった歴史もあります。素晴らしい科学の遺産が、一転して人類の未来を破壊するものとなることを予想だにしませんでした。
ゲーテの言の如く「理性を通じてこの世界を説明せんとする知、他は感情を通じてこの世界を理解せんとする情」の二つの性質を有する人間が、世界の様相を大局的に幅広い視点から観察分析して、自らの良心に基づいた判断力をもって、人類の、そして地球の危機を乗り切っていくことが、今こそ求められているのではないでしょうか。
さて、7月20日から8月2日まで浜松で開催いたしました「遠州の偉人たち展」は、猛暑の中、期間中約300名の方が御来場され、盛況のうちに幕を閉じることができました。
展覧会は、浜松から掛川までの明治~昭和にかけて、日本を動かし活躍した先人を取り上げ、遠州が日本に誇る地域であることを、改めて見つめ直す機運を醸成できればとの思いで開催いたしました。
内容は、動物学者「丘浅次郎」、近代経済学の基礎を築いた経済学者「山﨑覚次郎」、日本医療に多大な貢献をした浜松医学校校長「太田用成」、留学生教育の父「松本亀次郎」などに加え、この度は浜松北高関係の「井上靖」「田畑政治・宮崎康二」などに加え、浜松を商工都市として全国に知らしめることに貢献した「高栁健次郎」「本田宗一郎」、「中村陸平」「松島十湖」など多彩な人物や事績、さらに浜松工業学校(※静大工学部の前身)と浜松の医学の歴史なども御紹介いたしました。
また、それらに繋がる「人と人とのつながり」として、「津田梅子」「小澤征爾」「昭和天皇」までの知られざるエピソードを交え、展示いたしました。
初日の開催の「交流会」は、名誉会長の鷲山恭彦先生(※東京学芸大学元学長)の御挨拶に始まり、「顧問」をお引き受け下さった浅井正人先生(※元掛川副市長)、石井潔先生(※静岡大学前学長)、横山俊夫先生(※静岡文化芸術大学前学長・理事長)、鈴木洋一郎先生(※東京大学名誉教授・宇宙線研究所元所長)、山﨑芳男先生(※早稲田大学名誉教授)、北脇保之元浜松市長、長谷川正榮元浜北市長、さらに丘浅次郎の孫・香西理子様(※くらしき作陽大学名誉教授・バイオリニスト)など、そうそうたる方々に御挨拶いただき、素晴らしい交流会となりました。
僭越ながら、私が第3回遠州の偉人たち展・実行委員長を務めさせて頂きましたが、成功のうちに閉幕できましたことは、ひとえに多くの皆様の御協力の賜物であり、また浜松北高同窓会会館の皆様、遠江医学会監事・馬渕友良様(医療法人一貫堂医院院長)などの御協力のおかげでありました。この場をおかりして、厚く御礼申し上げます。
2026年9月16日 記
【出典】
『進化と人生』 丘浅次郎 著
『習い性となるか』 丘 英通 著