続編その12:平和とは?文明とは?

幡鎌さち江(24回
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 清々しい青空に紅葉の美しい季節となりました。皆様、いかがお過ごしでしょうか?
遠くに冬の訪れを感じる穏やかな深秋の一日。

しかしながら、世界では人と人、国と国、民族、宗教などの対立・争い、そして、地球は環境汚染、異常気象、地震などの憂うべきニュースが日々駆け巡っています。
 あらためて、今、「平和とは?人類の文明とは?」と考えさせられる今日この頃でございます。

 丘浅次郎は、明治37年4月に「戦争と平和」という論文を「青年界」に発表しています。(*明治39年開成館発行の『進化と人生』に収録。当時、魯迅などアジア人留学生にまで広く読まれたという)以下、その一部を抜粋、紹介してみましょう。

 「世の中には平和はつねであって、戦争は例外であると思うている人がとかく多いようであるが、実際はその反対であることが明らかに知れる。試みに歴史の中から戦争のあった時間だけを除いたとすれば、残りはほとんど何もない。………(略)全世界を通じていえば、どこにも戦争のないという日は開闢(かいびゃく)以来おそらく一日もなかろう。一国一国に分けて論ずれば戦争と戦争との間には若干ずつの平和がはさまっているごとくに見えるが、これもていねいに考えてみると決して真の平和ではない。………(略)
 語をかえて言えば、戦争は実であるが平和は虚である。世の中には評判のみ高くて、実際にないものが決して少なくない。たとえば幽霊のごときはその一つで、どこの国に行ってもその評判のない所はないが、実際これを捕えたというごときは一度も聞かぬ。いわゆる平和なるものも全くこのとおりで、たいがいの戦争は平和を目的とするが、戦争のすんだのちに真の平和のきた例はない。平和を目的とする戦争がつねに絶えず行なわれ、人間の歴史はほとんど戦争の記録で満たされてあるにもかかわらず、いまだ平和に達することのできぬありさまは、あたかもアラビアの砂漠を旅行する商人らが椰子(やし)の樹の茂っている蜃気楼(しんきろう)を見て、あそこまで行けば涼しい樹陰(こかげ)と、冷たい水とがあると思うてしきりに急ぐのと少しも違(たが)わぬ。行けば行くだけ蜃気楼も向こうに逃げてどこまで進んでもついにこれに達することはできぬ。」

 「…今日のいわゆる文明社会の生活の状態を見ると実際感服できぬ点がはなはだ多くあるが、その原因は決して知力の進んだためではなく、各個人が利己心のみをたくましうして団体全部の利害を顧(かえり)みぬことや、かかることをあえてせしめる社会の制度の不備の点にあることなどが、おもなる原因であろう。今日文明社会の欠点の多いのを見て、その罪をただちに文明その物にかぶせるのは議論が全く転倒していると思う。知力の進歩は今日の人類の生存競争には一日もゆるかせにすべからざることゆえ、この意味における文明はどこまでも発達せしめるようにと力をつくし、今日の文明に伴う欠点は別にその原因を研究して、これを防ぐの法を講ずるのほかはない。今の世の中にあって物質文明をののしって、その進歩を妨げようとするのは、あたかも自己の民族の自殺を主張するのと同じことにあたる。
 また、世の中には科学万能主義を排斥すると称して、暗(あん)に世人の科学に対する信用を減殺(げんさつ)しようとはかる者があるが、これもまた大いに戒(いまし)むべきことである。一体科学万能主義とはたれが唱(とな)える主義であるか、これがすでに疑わしい。いやしくも自身で科学を修める者ならば科学の万能にあらざることくらいを承知せぬ者はないはずであるから………(略)」

 今日、私たちは、「平和」「文明」などなどについて、実に安易に考えてきたのではないかと思わせるこれらの丘の社会文明批評に、私は今一度、立ち止まって世界の実情を見極め、考えてみたいと思いました。

 さて、最近、私ごとではありますが、素晴らしい御本を頂戴し、感激しております。
 一冊は拙著執筆に大変御協力頂きました故・筑波常治先生(※緑の麗人と慕われた早稲田大学元教授)の御弟様から御送り頂きました『筑波常治と食物哲学』(※社会評論社、田中英男編著)です。
 また、丘浅次郎が生前、親戚であると言っていた吉岡彌生の実家の本家、鷲山様(掛川市)の御宅に御伺いし、御当主・鷲山恭彦先生(※東京学芸大学・元学長)から、二冊の御本を頂きました。『渓水 鷲山恭平翁を偲びて』(鷲山恭平翁顕彰会 編集発行S62)と『教員養成と人間形成』(鷲山恭彦 著)です。この日は、偶然にも丘浅次郎の誕生日でした。

 本当に、御縁というものは不思議なものであり、嬉しくも、また身の引き締まる思いで一杯です。

(続く)

『進化と人生』
※丘浅次郎著
明治39(1906)年開成館

『筑波常治と食物哲学』
※田中英男編著、社会評論社
2017年10月発行

『知識基盤社会における
-教員養成と人間形成』
※鷲山恭彦著、学文社
2011年5月発行
『渓水鷲山恭平翁を偲びて
-報徳運動と地域の人々-』
※昭和62年9月
鷲山恭平翁顕彰会編集発行